ビジネスコラム 第8回「人と企業を成長させる人財価値アップ型賃金制度」
本連載の第5回以降3回にわたって、人財成長力を引き出し、組織活力を生み出すための賃金制度のあり方について、これまでの金銭価値経営に対して、人財価値経営での賃金の位置づけや、人件費水準の視点から人財価値向上にともなった賃金アップのサイクル、および企業収益力の視点から財務戦略と人事戦略の関係など幅広く検討してきた。
それらの検討を踏まえて、今回は、「人財=資本」である人財価値経営における実際の賃金制度の設計はどのように行えば良いのか、人財価値アップ型賃金制度として提案していきたい。
賃金制度は、時代とともに、また、会社や組織によってさまざまである。簡単に賃金制度の変遷を振り返ってみたい。
以前の一般的な報酬体系だったのが、年齢や勤続年数が増えていくにしたがって賃金が増える「年功給」と「併存型職能給」であった。
年功給をベースにした賃金制度を採用している代表的なものが、公務員の給与である。一方、併存型職能給は、基本給が年齢給・勤続給・職能給で構成され、高度経済成長期に多く企業で採用されていた賃金体系だった。
しかし、この二つの賃金体系では、年々人件費が膨らんで高止まり賃金となって、たとえば公務員の場合、税収の低下と重なって、人件費が国・地方を問わず財政を圧迫してきたことは知られている。
民間企業でも、賃金の高止まりを是正しようと職能給へのウエイトを高めたものの、バブルの崩壊とともに、その弊害がより顕著になってきた。 そのため、バブル崩壊以降、新しい試みとして成果主義の導入が相次いだ。
しかし、運用上で新たな問題が生じてきた。成果主義を導入した多くの企業で、その部署あるいは個人が仕事の壁をつくる傾向となり、さらに、個人重視のために上司は部下を育成しなくって、上司の持っている技量が部下に移植できない状況となってしまったことである。
ストレートな成果主義は限界にきている。 さらに、高い人件費水準が先進国では避けられないようになってきたことと、加えて、長引く低成長期のなかで、業績の安定が望めない環境下にさらされ、これらのリスクに従来の賃金システムでは、対応できなくなってきた。
連載第四回で指摘してきたように、従業員一人一人が成長し、仕事の質を高めることによって、活力ある組織体を創っていく人財価値経営では、旧来の経営感覚(金銭価値経営)のように、リストラ(狭義では整理解雇)を当然視するのではなく、会社のぜい肉を取り、よりスリムで神経回路の利いた体質づくりで克服することが求められている。
しかし、それだけでは、いまだに出口の見えない不況下にあって、あるいは大規模災害やその二次被害リスクなど、不透明さが増す経営環境では、対応が十分とはいえない。賃金システムに大胆なメスを振るう必要がでてきている。
これらの課題を視野に入れながら、組織活力と人財価値を高める賃金制度として、人財価値アップ型賃金制度を詳しく見ていきたい。
人財価値アップ型賃金制度は従来の多くの賃金制度と同様に、等級のフレームに社員を位置づける等級制度をベースにしている。
しかし、その設計にあたっては、まず今後の事業の方向性や必要な人財像、処遇に関する考え方などのグランドデザインを確立させ、等級フレームに落とし込むことが必要である。
そのうえで、表1の例のように、その等級フレームに人財の成長プロセスを反映させた等級ごとの役割、職階の役割を記した等級基準書を作成し、その等級基準書では各等級における具体的な職務レベルについて定義する。
各等級の定義は、あくまでも会社として、その等級にふさわしい役割・仕事ができることが要求レベルとなり、その要求レベルを設計したものを各等級の定義文とすることが求められる。
そして、会社は、その等級に見合った賃金を支給するのである。
したがって、等級基準によって期待値と成長目標を明確にして、賃金と連動させていくことによって、従業員は自分に対して会社がどのような成長を期待しているのか、その期待に応えて成果を上げていけば、どのくらいの昇給と昇格が見込めるのかが理解できるシンプルな等級基準書が必要なのである。
等級基準 | 想定在級年数 | 対応役職 | ||
---|---|---|---|---|
等級 | 等級定義 | 優秀 | 標準 | |
6 | 会社の中長期的方針を把握し、経営者と一体となって会社方針の企画・立案ができる。社外に対して、会社の責任者として交渉にあたることができる。会社の危機管理、また会社全体のマネジメントを行うことができ、役員の代替的役割を果たすことができる | ― 40歳 | ― 40歳 | 部長 |
5 | 会社の中長期的方針を把握し、経営者的な立場にたって、部門方針・計画の企画・立案ができる。社外に対して、部門の実質的責任者として交渉にあたることができる。部門の危機管理、マネジネントを責任をもって行うことができる。 | 4年 36歳 | 5年 40歳 | 課長 |
4 | 他部署や社外の者と専門的な折衝や交渉を行うことができる。自己の部署内のメンバー全ての役割を説明でき、他人の業務を代替して実行することができる。会社方針に基づいて、小規模な組織のマネジメントができ、部門方針・計画への具体的提言を行うことができる。 | 4年 32歳 | 5年 35歳 | 係長 |
3 | 自己の部署内のメンバー全ての役割を説明でき、他人の業務を代替して実行することができる。現場の実質的責任者として、部門方針に基づいてチームの指導ができるとともに、非定型的もしくはイレギュラーな作業にも対応することができる。 | 4年 28歳 | 5年 30歳 | 主任 |
2 | 担当業務についての基本的な指示をうけ、自己の判断と創意工夫によって業務を遂行することができる。一般作業について後輩、部下に指示を行う。上司の補佐を行う。 | 4年 24歳 | 5年 25歳 | |
1 | 上司の指示およびチェックを受けながら、実行策を創意工夫して遂行することができる。実務知識をもとに、一般的業務をミスなく遂行する。 | 2年 40歳 | 3年 40歳 |
人財価値アップ型賃金制度における等級制度は、たんなるランクづけではなく、あるいは等級だけが一人歩きしている制度ではなく、図1のように、評価や処遇(昇給、昇格、賞与)、人財育成ときっちりと連動する等級制度である。
一方、人財を成長させるためには等級フレームの枠内に押し込むことなく、大きな役割を与える必要がある。
これまでは、等級制度と連動して、多くの企業で等級号俸システムによって固定的な賃金テーブルが作成されていたが、賃金テーブルは、安定した昇給をイメージしてしまうと同時に、現在および自分の処遇への関心が先行しがちだった。
そのため、個人の業績が低下した場合でも、賃金が年功型の賃金制度のようにひとりでに上昇する幻想を与えがちだった。
また、等級フレームの枠内で管理することにより、その人のクリエイティブで野心的な取り組みの芽を摘んできた弊害があったことは否めない。
人財価値アップ型賃金制度では、従来型の賃金テーブルは作成せずに、表2のように昇給表(ポイント)によって運用し、高評価者と低評価者とのポイント差を大きくし、とくに上の等級者の評価に関しては評価によってはマイナスポイントになることも想定していることが特徴である。
さらに、賃金テーブルではなく、昇給ポイントとすることにより、昇給を業績連動型とする流動性を持たせた賃金制度への道も拓くことになる。
表2 昇給額の設計 昇給ポイント表(例)
昇給ポイント(標準は1P=1円) 1Pいくらかはその年の昇給原資により決定
等級 | S | A | B | C | D |
---|---|---|---|---|---|
6等級 | 2,200P | 1,800P | 1,500P | -1,500P | -3,900P |
5等級 | 2,200P | 1,800P | 1,500P | -1,500P | -3,900P |
4等級 | 6,500P | 5,200P | 3,900P | 0P | -2,000P |
3等級 | 6,000P | 4,800P | 3,600P | 0P | -1,800P |
2等級 | 5,500P | 4,400P | 3,300P | 1,500P | 0P |
1等級 | 5,000P | 4,000P | 3,000P | 1,500P | 0P |
以上のように、人財価値アップ型賃金制度のベースに等級制度が置かれていることにより、本連載の次回以降に詳しく見ていく、目標管理制度と成績評価のシステムのリンクによる昇給昇格の仕組みや、管理職の処遇システムとつなげることを容易にし、従業員にとって、納得性ある公正な評価・処遇を行うことができるのである。