ビジネスコラム 第7回「賃金制度設計と企業収益力」
人財成長力を引き出し、組織活力を生み出すための賃金制度づくりのベースとして、前回(第六回「人件費水準を知る」)では、総額人件費の適正化と個別賃金アップを両立させるメカニズムを明らかにしてきた。すなわち、企業価値フェーズでの総額としての人件費の適正化が、人財価値フェーズでの個々の従業員の付加価値貢献を高め、企業価値フェーズの高付加価値を生むサイクルのなかで、賃金水準を高める構図である。
今回は、実際の企業収益力を勘案した賃金制度設計のあり方を考えていきたい。
企業収益力と賃金制度設計を考えるに際して、まず、人件費支払能力は財務戦略と密接につながっていることに着目しなければならない。長引く不況のもと、企業はコスト削減の圧力から正社員を減らし、パート・アルバイト、派遣社員、契約社員などの非正社員を増やし、最近ではその比率が3分の1を超えるまでになっている。「(従来は固定費だった)人件費の変動費化」という財務戦略的視点が優先してきたためである。
一方、人事戦略の視点からは、正社員として人財を育成し、組織活力を生み出しながら企業価値を高めていかなければならない。
したがって、人財成長力を引き出し、組織活力を生み出すための賃金制度づくりには、目先の財務的視点だけではなく、長期の財務戦略と賃金(人事)戦略とがしっかりと結ばれていなくてはならないのである。
財務戦略の視点からは、単年度または2~3年間の傾向値からの人件費支払能力の把握が必要となる。実務上の人件費支払能力の尺度は次の5点である。
<実務上の支払能力測定尺度>
- 付加価値(粗利)の年間総額の増減値
- 価格変動に左右される付加価値率の高低値
- 労働分配率の高低値
- 従業員一人当たり付加価値の増減費
- 総資本経常利益率の高低値
企業経営の成果である付加価値額(粗利=売上総利益)とは、売上額から外部購入費用を差し引いた額のことで、資本と労働の結果から生まれたものである。そして労働分配率とは、この付加価値のうち従業員に支払われた割合のことである。
適正な労働分配率はどの会社にも同じようにあてはまる絶対的な数値はないが、各企業の規模、収支の状況、賃金水準、中期の経営戦略、経営ビジョン、経営計画等を設計していくなかで設定される。そして最後に、経営計画の中の賃金戦略で扱われる各要素、すなわち目標付加価値額(y)、目標人件費額(z)、目標雇用人員(x)の関係は下記のように示される。
目標労働分配率=z÷y×100 |
付加価値に対して労働分配率が高過ぎるとリスクは高くなる。しかし、低ければ低いほど理想型といえるのかといえば、もともとの付加価値額(粗利=売上総利益)が低い企業の場合、安定的な経営とはならない。企業の運営維持に不可欠な財務体質の強化と、労働側に不可欠な賃金水準の確保の双方について、妥当性が問われるからである。
また、賃金(人事)戦略の課題としては、従業員が1人当たり毎月いくらの付加価値額を確保すれば会社は継続するか、人件費生産性および労働生産性の把握による経営管理が求められている。それが、賃金水準を決定する大きな要素となる。
労働生産性 = 付加価値(粗利)÷従業員数 |
人件費生産性から見ていこう。人件費生産性とは、粗利を人件費で割って、1円の人件費でいくらの付加価値をもたらしているのかの実態が確認できる指標である。
(表1)人件費生産性推移シート
年 | 粗利 | 人件費 | 人件費 生産性(A) | 年間給与 (B) | AでのBの割合 | 年間賞与 (C) | AでのCの割合 | その他経費 | 営業利益 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
実績 | 2005 | 60000 | 28000 | 2.143 | 24200 | 1.852 | 3800 | 0.291 | 29000 | 3000 |
2006 | 63000 | 29000 | 2.172 | 24300 | 1.82 | 4700 | 0.352 | 31000 | 3000 | |
2007 | 61500 | 29000 | 2.121 | 24500 | 1.792 | 4500 | 0.329 | 30000 | 2500 | |
2008 | 61800 | 29600 | 2.088 | 24600 | 1.735 | 5000 | 0.353 | 31000 | 1200 | |
2009 | 60000 | 29400 | 2.041 | 24500 | 1.701 | 4900 | 0.34 | 29800 | 800 | |
2010 | 59000 | 29000 | 2.034 | 24300 | 1.705 | 4700 | 0.33 | 29600 | 400 | |
計画 | 2011 | |||||||||
2012 |
表1は人件費生産性と年間給与と年間賞与の関係の実績推移であり、空欄は次年度の計画である。表1の場合、2006年から2010年まで、粗利は増減を繰り返すものの、人件費生産性は年々低下していることが明確である。
さらに表1では、これまでの人件費における年間給与のウエイトと年間賞与のウエイトが検証できる。年間給与及び賞与の過去の推移や、配分ルールなどをベースに、次年度以降の経営計画において人件費生産性の目標を設定することにより、企業収益力の見通しとリンクした今後の給与と賞与のバランスをどのように持っていくかといった賃金戦略を立てることができるのである。
次に労働生産性を見ていきたい。労働生産性とは従業員が1人当たりいくらの付加価値額をあげているかの数値である。 付加価値額を従業員数で割る場合、みなし従業員数で計算するとわかりやすい。みなしの従業員数は、年間総額人件費をみなし1人当たり人件費で割ることにより求められる。
付加価値額をみなし従業員数で割ることで1人当たりのみなし付加価値額が求められる。これはパートやアルバイトを含めた全従業員数を正社員数に換算したときの1人当たりの付加価値額でもある。
たとえば、表2のように、1人当たりのみなし人件費を500万円と設定した場合、1人当たり付加価値額(粗利)が1050万円以下であれば、労働生産性が低いことになる。逆に目標の1人当たり付加価値額(粗利)を1200万円とした場合、1人当たり人件費は最大571万円を支払えることが容易に理解できよう。
このように、1人当たり付加価値額と賃金の関係を全社員が理解することにより、モチベーションを高め、会社の組織活力を向上させることができる。そして、これらの企業収益力と賃金戦略の関係が明確になってはじめて、メリハリの利いた賃金制度設計への道筋が拓かれるのである。
表2 1人当たり付加価値額の目標設定と1人当たり人件費の関係
[粗利:人件費]が[2.1円:1円]の場合
1人当たり粗利 | 1人当たり人件費 |
1,000万円 | 476万円 |
1,050万円 | 500万円 |
1,100万円 | 524万円 |
1,200万円 | 571万円 |
1,500万円 | 714万円 |
次回は「人と企業を成長させる人財価値アップ型賃金制度」というテーマでお届けする。