ビジネスコラム 第6回「人件費水準を知る」

本連載の前回(第5回「人財価値をつくる賃金制度とは」)では、人財成長力を引き出し、組織活力を生み出すための賃金制度のあり方を検討する第一回目として、人件費をコストとして考える金銭価値経営に対して、「人財=資本」とする人財価値経営における賃金の位置づけを定義した。
そのなかで、賃金水準の高低が「やる気」を生むのではなく、賃金の上昇とリンクした仕事の質の上昇が「他者からの尊敬や承認」や「自己成長への充実感」を生み、「やる気」「やりがい」と結び付いていることを明らかにした。そして、「賃金と人財資本」のサイクルを生み出すそのカギは、評価制度、目標管理制度と一体になった賃金制度づくりにあるとした。
今回は、賃金制度のあり方を検討する二回目として、賃金制度づくりのベースとなる人件費水準について考えよう。

 

総額人件費の適正化と個別賃金アップを両立

 

図1<賃金水準アップの図>

人財価値経営では、人件費水準を考える際、個別賃金と総額人件費を区別することが必要となってくる。今、企業経営に求められているのは、「賃金と人財資本」のサイクルの上にある一人ひとりの賃金はそれをアップさせ、将来を見通せる人生設計が描けるようにしながら仕事の質を高めていくことであり、同時に、コストとしての総額人件費水準を適正にする「管理の徹底」である。
すなわち、図1のように企業価値フェーズでは、総額としての人件費は適正化に徹し、同時に人財価値フェーズでは、習熟度と付加価値貢献が高い労働に対しては賃金アップさせていくことができる構図が求められているのである。
総額人件費の適正化を図るとき、必要になってくるのは、労働生産性であり、その分母となるのは総労働時間である。しかし、「貴社の年間総労働時間は?」の問いに対して、すぐに答えることができる経営者は少なく、適正化のベースとなるはずの労働時間について残念ながら認識が深いとはいえない。
日本企業の年間の労働時間はこの20年あまりの間で減少し、いわゆる「時短」が実現しているとされる。日本人は働きすぎとする日米経済摩擦の外圧と過労死問題などで「時短」を求める国内世論を背景に、当時の竹下内閣は、年間総実労働時間を1987年(昭和63年)の2111時間から1800時間にする目標を立てた。2005年(平成17年)には、ほぼ達成された。
目標となった1800時間の「年間総実労働時間」とは、就業規則などに決められた労働時間から休憩時間を除いた所定労働時間から休暇、欠勤などの不就業時間を除く所定内労働時間と所定外労働時間(残業や休日出勤)の合計のことである。
しかしこの達成には、雇用者の3人に1人とされるパート・アルバイトなどの短時間労働者の比率が高まったことや統計に表れないサービス残業の増加によるもので、実感なき達成だったといえる。肝心の働きすぎによる心身疲労問題の解決ができたとは思えない。

 

労働時間管理と勤務時間の見直し

 

一方、労働基準法の改正により、法定労働時間週40時間制が導入されたのは1987年(昭和63年)であり、1997年(平成9年)には1週44時間の特例適用業種を除き完全実施された。この間、変形労働時間制の拡大など多様な就労形態や柔軟な労働時間の制度がとり入れられた。
法定の週40時間とは、年間に換算すると約2085時間となり、目標とされた年間総実労働時間1800時間とはずいぶん開きがあることがわかる。

年間の所定内労働時間の最大値の求め方
週所定内労働時間 40時間 年間の週の数(365日÷7日) 52.14286週
週40時間×52.14286 = 2085.71時間

もし変形労働時間制を採用して、労働基準法に定められた法定労働時間限度までを所定労働時間とした場合、表1「年間1800時間労働企業VS2085時間労働企業」のように、実働2445時間労働における給与総額は、所定内給与月額25万円と仮定した年間給与総額で、約60万円も差がでるのである。

この例のように、勤務時間を見直すだけでも、人件費生産性を計算する時の分母が小さな数字になることに驚かれるに違いない。これ以外でも、ダラダラ残業をなくするよう超過勤務時間管理を徹底したり、社会保険料の節減策などをとり入れれば、総額人件費の適正化を図ることができるのである。そして、その適正化した部分を、評価制度との連動などにより業績とリンクしたメリハリを利かせた賃金体系に振り向ける。そして、労働の質を高めて付加価値貢献を増大させることによって、図1のように、賃金アップの構図が機能するのである。

年間1800時間労働企業vs2085時間労働企業
 
年間1800時間労働企業の場合(実働2445時間の給与総額)
勤務時間1800時間(年間) 150時間(月間) A
☆週40時間を「年間1ヵ月半以上下回る」
残業時間645時間(年間) 54時間(月間) B
実働時間2445時間(年間) 203時間(月間) A+B
所定内給与が25万円だったとすると所定内給与 300万円
残業代   134万円
給与総額  434万円
 
年間2085時間労働企業の場合(実働2445時間の給与総額)
勤務時間2085時間(年間) 173時間(月間) A
☆週40時間ピッタリ
残業時間360時間(年間) 30時間(月間) B
40時間の残業で計算する
実働時間2445時間(年間) 204時間(月間) A+B
所定内給与が25万円だったとすると所定内給与 300万円
残業代    65万円
給与総額  365万円
 
両社の人件費差額(残業代1.25倍を前提)
実働時間は同じ2445時間
2085時間の会社→ 364万円
1800時間の会社→ 434万円
差額 70万円(所定内給与+残業代の合計差額)
社会保険料の会社負担分(1割想定)を含め77万円の差

100人の会社だったら、年間7,700万円の差
→人件費生産性の競争優位は?
→賞与原資への影響は?
→サービス残業のリスクは?
→残業代1.5倍時代なら両社の差は?

 

階層別の「実在者」の賃金データ

 

一方、「賃金と人財資本」のサイクルの上にある個別賃金の水準については、すべての経営者の関心ごとであり、それだけ経営者にとって悩みの種となっていることの裏返しであろう。
とくに中小企業の経営者にとって、自社の従業員の給与水準が高いのか低いのかを検証できるデータがないことが健全な労使の関係を阻んでいる。厚労省など公的機関が発表する賃金データは、平均年齢における月次の所定内賃金(超過勤務を除く)が中心軸であり、残業を含んだ賃金および賞与を合わせた年収、とくに管理職・非管理職などの階層別の賃金データの把握はできていない。さらに賃金データの多くは公務員スタイルの新卒から定年までの「モデル賃金」の考え方が根底にあり、大半が中途入社であり、中途で入社し中途で退職している実態がある中小企業には当てはめにくいデータになっている。
中小企業にとって個別の賃金水準を知る必要なデータとは階層別の「実在者」の賃金データである。そこで、中小企業(正規従業員20人~300人)の階層別実在者賃金の実態を把握して、中小企業の人事賃金戦略に役立てていただこうと、私たち全国の社労士の有志が集まって「ズバリ!実在賃金」プロジェクトに取り組んでいる。いわば、民間による民間のための賃金統計づくりに取り組む社会プロジェクトである。
同プロジェクトの首都圏版は4年前から調査が開始されたが、平成21年度の首都圏中小企業の賃金相場は表2のように、リーマンショックによる落ち込んだ前年度を回復しきれていない実態が浮き彫りになった。階層別でとらえているために、より鮮明である。また、同プロジェクトでは勤続年数別のデータもとらえており、とくに若年層の回復が遅いことも明らかになっている。
中小企業がこれからの人事賃金戦略を立てるうえで、不可欠な統計として育つよう、より多くの企業が集計に協力いていただければ、それだけ、より使いやすい緻密なデータとなってご提供できる仕組みのプロジェクトである。
データの内容等、詳しいことは、「ズバリ!実在賃金」プロジェクト東京本部(高橋賃金システム研究所内)までお問い合わせを。

「ズバリ!実在賃金」首都圏版(全業種・中位数)まとめ
<衝撃のデータが語る真実 リーマンショックの年収激減以降も回復せず>

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